shounanlocogirlの日記

湘南アラサーサーファーの匿名だから書ける日記

33歳、女性、生き方に悩む

20歳の顔は親からの贈り物、30歳の顔は自分の生きてきた顔
という三輪さんの言葉があります。
うろ覚えで表現は違うかも。

30歳を過ぎた今、私はどんな顔をしているだろう、鏡で見る顔ではなく、他人からどんな顔に映っているだろう。

前日27から42歳の年齢幅の女性で集まり飲んでいたら、全員未婚なもので、やはりというか結婚の話題になった。
全員で集まることは少ないけれど、月1,2くらいでそれぞれ一緒に飲んではいるので話題は被る。35歳以上の人がいるときは自然と結婚の話はすれど出産の話はしない、32歳以上の人がいるときは転職の話はしない、などよくわからない気を遣っている。
今は高齢出産の人も増えているから出産の話をしても別に、とかいう話ではなく、私はまだこの年齢の頃にはこういったライフスタイルで、という自分の理想プランを持っていて、そこから外れている人たちに対してよくわからない気を遣ってしまう、いわば別の生き方を受けとめられていないということなんだと思う。

別の個体だから価値観は異なるのに、それを理解するどころか受けとめることすら出来ていない。
いい年をして恥ずかしいと感じる。
この「いい年して」というフレーズも自分の理想とする大人の像から外れていることを許容出来ていない。 

生き方に悩むのは女性に限らず、だけど、私の場合悩みのボーダーは”リトライできるか”。
後悔しても、失敗してもやり直すことができるのなら、調べたのちに今最善と思われる選択肢を選び、とりあえずやってみる。
これは仕事でも同じ。下調べや準備をしっかりと行い、決断はずばっといきすぐ行動する。
でも、泣いても笑っても一回限り挑戦の場合悩む。すごく悩んでいっきに優柔不断になる。

日記で抽象的に表現しても仕方ないのではっきりいうと、出産、子育てについて。
出産にはリミットがあるけれど今は欲しいと思っていない、またもし出産したとして、産まなきゃよかったと思ったらどうしよう。
これが現実社会では言えない私の悩み。
特に後者に関して、非人道的なニュアンスが含まれるので相談しにくいし、諸先輩方に相談したとして正直に「産まなきゃよかったと思ってるよ」と答える人はいなそう。
いつかは産みたいと考えているわけではなく、本当に子供が好きじゃない。
ただ、20代のころと比べて自分が変化してきている。
昔はただ嫌いだった、でも今はかわいいと思う子供もいる。姉の子や、親友の子は本当にかわいいと思う。

20代のころには全子供が嫌いだったけれど、今、子供に対する気持ちに少し変化が出てきていることで、私はもしかして出産のリミットが過ぎたころに子供が欲しいと思わないだろうか。どうしようもない後悔に40代になって、50代になってから、かられないだろうか。
友達の子とたった一日過ごしたくらいで子育ての大変さを味わうことができるわけもなく、かわいいと思える、いわばいいとこどりの時間を過ごさせてもらった。
友人に「あなたは愛情深いから良いお母さんになるよ」と言われるけれど、愛情深いのは相手が好きな場合のみで、自分が生んだ子供にが好きになれるかはある種の賭けになる。

突然、この人の子供が欲しいと思える人と出会えたりするのだろうか。
それだけ劇的というか勢いがないと私は出産にふみきれないと思う。そんな中途半端な気持ちで命を授かることはできない。
中途半端な気持ちをそのままにして、リミットが切れたらどうしよう。

はあ。今日また年をとってリミットに近づいた。なんてネガティブな誕生日なんだろう。